呼吸のクラス3-1



呼吸のクラス、いよいよ明日で土曜日クラスが終わり、あっという間の4週間。

実はまだ最終回の資料と内容が全部決まっていないのですが(ご参加のみなさん全員のエネルギーとプロセスをみながら決めていきます)、

ラスト前に、ほかの仲間がどんなふうに感じているか、参考になるといいなと思い、第3回のご感想をご紹介します。


早速、土曜日クラスの Hさんからのご感想です。



第三回呼吸法のクラスおつかれさまでした。

今日はいいエネルギーだとか、例えばペタルトーンなどの植物のエネルギーとか、正直分からないなというのが気持ちでした。

でも、呼吸法で自分のエネルギーを感じたこと、それが、血流なのか、呼吸なのか、よく分からないけれど、何か動きを感じたことで、こういう風にエネルギーを感じればいいんだなという、さわりみたいなものを掴めた気がしました。

それより、なにより、遠隔でペアワークってできるんですね。
画面でしか繋がってないのに、ペアの相手のエネルギーが自分のものと違うことで、確かに相手のエネルギーを感じたこと、あの時は、夢中でしたが、振り返れば、すごいことだな、でも、それがエネルギーなんだと。
あのエネルギーはどの時空からやってくるのでしょうか?
私達は、そういう世界に生きてるんだなと、気づくことができました。

ハートの瞑想は、とても、心地よく、自分のハートってこんなに暖かいんだなと。
心臓を気にしてするって、ちょっと怖いというか、動いてるのが当たり前と思いたいみたいな感じがありますが、当たり前ってなくて、全部奇跡の連続なのかも、このメールを書きながら思いました。

すべてが愛なんだと言い切れるほど悟れてないけれど、そのことを私達はみんなどこか知ってるのかもしれないですね。

今週は、自分に共感週間にします。

それができたら、その共感をまわりにも、広げていきたいです。そこまで、できたら上出来ですね。

この夏こういうクラスに参加できて、ほんとよかった〜

来週もよろしくお願いいたします。


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そうそう、結局エネルギーって何さ?? って思いますよね、自分がそれを感じてるのかどうなのか、そもそも感じるってどういう感じ?? などなど。

それは、たぶん、頭で理解しようと、頭でその感覚を認識しようとしているところが大きいのかも、という気がしています。まあ、見えないし、誰かにふれるようにしてさわることもできないしね。

でも、自分のからだを呼吸を通して感じていくと、たしかに自分のなかに動いているもの、心臓の鼓動やゆったりと膨らむ胸やおなか、その下の動きを繊細に感じようとしていくと、何かあることがわかったりする。


今日の自分、いまの自分は何でできてるんだろう、目の前のこのひとは、どんなエネルギーをもっているんだろう、

呼吸って、エネルギーであり自分の何か、自分のまわり、そして誰かをつないでいくものであり、不要なものを解放してスペースを広げ、新しく新鮮な何かを取り入れて循環させていくものであり、、ってほんとにすごいものだなあとあらためて感じています。


共感、どんどんひろげていきたいですね。

とにもかくにも、まずは自分へ。

Hさん、ありがとうございました。明日もどうぞ、よろしくお願いいたします!



次は、平日クラスのMさんのご感想です



昨日は、Ezuminさんが責める自分を責めない、排除しない、共にあるという話をしてくれましたけど、「そうありたい」「きっとそうなれる」と願う私と、
「それでも排除したい…どうしても。こんなエネルギーと同じ空間にいたくない。いつか必ず私の中から追い出す」と思っている私の両方がいました。

ペアワークで温かな時間を持ったすぐそばから、「ふざけんな、感謝なんか調和なんか誰がするもんか」と噛みついてきました。

愛や調和や豊かさや感謝を「そんなもの要らない。吐き捨ててしまえ」となにがなんでも拒否する私。

「そんなことは絶対に許さない」とこのエネルギーを縛り上げて締め付けて排除しようとする私。

疲れたなあ…と思いました。

毎日毎日つばぜり合いです。

本当に疲れたなあと感じたので、闘うのをやめることにしました。

思わず、ちょっとまあ座ってと。

もう腹を割って話そうって。

そう声をかけたとたんに荒れ狂っていたエネルギーが落ち着きました。

犬が地面にお腹を付けて伏せをするみたいな感じです。


それからたった1日で、荒れ狂っていたエネルギーには荒れ狂う理由があったのかもしれないと思うほど距離を取れるようになりました。

今まですまなかったな…と申しわけない気持ちです。

彼?彼女?の思いを聞きたい。

そのうち話してくれたらいいなと思います。

呼吸すごい!



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Mさんからこのご感想をいただいて、よしきたっ! と、思わずガッツポーズが出ました^^

というのも、先日のMさんの様子を見ていて、正直なところ、だいじょうぶだろうか、、と思っていて、
シェアリングの時間にお話を伺っていたときに、何か言うべきかどうかを考えたのですが、ただ共感して終わることにしました。

何か言うことは簡単だけれど、わたしなりにMさんご自身のちからを信じようと思ったんですね。


それがどんなに有効と思えるアドバイスでも、自分が自分で自分に気づく機会を奪ってしまうことになる場合がある、すると依存につながります。

もっといえば、自分では何もわからない、解決できないという思い込みとサイクルがどんどん深くなってしまったりする。

そんなことからも、ある意味ここがMさんの正念場、まずここを自分で超えてほしい、、みたいな思いが実はあったんです。

そして、きっと呼吸が連れていってくれるだろうと。


>愛や調和や豊かさや感謝をなにがなんでも拒否する私。
>このエネルギーを縛り上げて締め付けて排除しようとする私。

というように、二人のMさんがいる中で、その二人を見つめる視点、つまり外から二人を眺め、こうして書いている視点がありますよね。

そこが本来の自分の視点なんです。ただそこにいたらいいんです。

二人の発言に巻き込まれず、仲裁することさえせず、ただそこに展開するドラマを眺めてみる。

そう、とりあえず、ちょっとここに座って。


「現実と争うとき、あなたは負ける、それも必ず」
というバイロン・ケイティの言葉がありますけど、これ、ほんとそうよね。


ほんとに自分を苦しめてるのは誰なのか、何と闘って、何に勝とうとしているのか。。


Mさん、素晴らしい体験をシェアしてくださり、ありがとうございました!

そのときどきのご自身をここに座って眺めながら、ゆったりやっていきましょう^^



というわけで、また!