呼吸通信2-2



きのう呼吸のクラス第3回が終わって、残すところあと1回、すごい早いなーという感じ。
今回も第2回のご感想をご紹介します。


まずは平日クラスの Kさん のご感想です。



第2回呼吸クラスありがとうございました。

Ezuminさんと皆様とのやり取りの中で、私は結果を、その先を求めすぎていることに気づきました。

首のストレッチで筋を痛めてしまって、その痛みに自分なりに意味づけをしたくて、もうこれはこうだ!と決めつけている自分がいて…。

「ただそういう自分を受け入れる。」何度もEzuminさんがおっしゃった言葉が私に突き刺さり、なんだか恥ずかしいです。


昨日自分にとって、とても苦しい出来事があり、そうだ。今日はクラスを受けられる。どうにかその思いを手放したかった。もう最初から手放す気で今日の呼吸クラスに臨んでいたのかもしれません。

終了後のメールを読んで、自分が解放することにフォーカスしているのもその通りだとわかりました。丹田呼吸!私なりの丹田呼吸を今日から意識してやってみたいと思います。


気が付くと、私は今ここ!が苦手で、スポーツが好きなのも、スポーツだったら、走っている時や、泳いでいる時、ダンスしている時はみな今ここ!

今ここにいる自分を意識し、感じることができるから、すごく気持ちいいのだとわかっています。

それを実生活でも感じられるように呼吸を通して気づいていきたいと思いました。

そして、そんなできない自分を受け容れる。ありのままの自分を受け容れることに繋がれたらいいと思います。


次回はどんな気づきがあるのでしょう?

楽しみにしています。


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第2回は「呼吸とパワー」というテーマで、肉体的、精神的、またライトボディに関係するエネルギーを呼吸によって取り入れること、同時にほんとうのパワーってなんなのか、外に目を向けるのではなくて、自分にもものすごいパワーがあることに気づいていく、といった内容でした。


日々、いろいろなことがあるし、こうしたクラスを受けている最中だったらなおのこと、Kさんのように、よし! 手放そう! と思われるのは当然だし、全然いいんです。

ただ、わたしたちがほんとに手放したいことってなんなのか、ほんとは何に縛られているのか、あるいはずっと掴んだままでいるものってなんなのか。

そして、いま目の前でそのことは起こっているのか。。


呼吸法、瞑想の目的は、意味づけを外し、自分からストーリーを引き離し、“ほんとうに起こっていること”  “本来の自分” を明らかにすることだと思うんですね。

意味づけとストーリーを外したら、何が起こるだろう。

それを手放したいと思う自分を、自分から眺めてみたらどうだろう??

スポーツやダンスをしているときの、あの集中のここちよさは???


Kさん、ありがとうございました! 第3回のときの体験も興味深かったですね。。

次は最終回、楽しみです!



次はAさんからのご感想です。


改めまして今日は暖かいアドバイスをありがとうございました。

(今日だけでなく、今までの個人セッションでも、先週のクラスでも、毎回お礼をしたい気持ちで一杯なのですが、文章にまとめるのが苦手で。。今回はちゃんとお伝えしようと思いメールしました!)

最後にお話ししてくださったことは深く響く内容でした。


私もここ2か月くらいずっと「セルフワークをして〇〇を手放さなきゃ」「早く手放さないと仕事に復帰できない」と毎日何度も唱え、でも実際にはワークに着手できず、時間だけが流れていく日々を送り、何も残せていない自分を責めたり、焦ったり、がっかりしていました。

でもこれって全然今の自分を受け入れてないし、愛せてないですね。。今日のえずみんさんのお話しで、そこをドキュンと突かれました(笑)  

闇を持ってる自分はダメ人間と感じたり、アセンデッドマスターからの指示で動いたほうが人生が開けると感じてしまったことが大きな要因かと思います。


でもふと思い出したのですが、そもそも私、自分の体の感覚や声を感じるワークショップに参加したり、加藤俊朗さんの呼吸クラスに参加したり、それこそ自分の状態に「気づく」練習をしてきたのです。

なので、えずみんさんから呼吸・体・自分自身が持つ可能性を教えてもらって、改めて人間のすごさを実感しながら、私が最初にやってきたことは間違ってなかった!と、私自身が原点に戻れたような感じがしてすごく嬉しいです。

ほんと、「人間をナメんなよ」だと思いました。


それと今日、すべてのモノには愛があるから生きられる、みたいな話があったかと思うのですが、ちょうど今読んでいる本にも同様のことが書かれていたので、おぉ!と感動してしまいました。「愛」もすごく深いのですね。


ちなみにクラスでの発言は毎回緊張しますが (今日は瞑想中に「最後の感想はなんて言おう」と考えてしまいました。。) 、少人数で居心地が良いです。

参加者全員の感想等が聞けるのも勉強になりますし、そういうところを大切にするのは、さすがえずみんさんだなぁって思います。 今日みたいなお話しもすごくためになるので、個人的に時間オーバーは全く気にしてないです(^o^)


まとまりのない長文で失礼しました。

また来週も楽しみにしています☆


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この日は、なぜか入室できないひとが続出したり、URLを間違えていたり、当日になって体調不良や急用で参加できない方が数名いたりと、最初バタバタ&わたしもヒヤヒヤしながらのはじまりで、人数も当初の2/3くらいだったのですが、でもその人数、そのメンバーだったから出てきた話だったのだろうなあと思ったりしました。


こういうクラスって、特にエネルギー的な動きがあるし、だからと言って、参加できなかった方は、「自分がいないほうがよかったの?」というのではまったくなく、全体でやってるんですよね(録画あるわけだし)。


そして、〇〇じゃないと◇◇できない、とか、△△だから☆☆だ、という一連の意味付け、ストーリー、これはほんとに思い込みにすぎなくて、もっといえば、その思い込みこそがそうした現実をつくっているしますます強化してく。


癒さなければならない、でも自分がそういう方向へは動けないときは、まさに前提が間違っていて、ほんとの自分の声は全然ちがうことを語ります。

癒すこと=自分への愛。

たしかにそうですが、その前提が何かによって、それは自分を追い込むことにしかならず、強制になってしまえばそれはもう愛ではない、ですよね。。


そもそも闇ってなんなんでしょう、なんで闇は悪くて排除しなければならないんだろう。

光と闇? 

それは二元のストーリーでしかなく、正直なところ、もうそれ自体から出る時代まっしぐらだと感じています。

そしてアセンデッドマスターやそうした存在は確かに素晴らしいですし、すごいエネルギーをもってる、今回の呼吸のクラスもたくさんサポートもらってますしね(じゃなきゃわたしにできるわけがないじゃん!)。


でも、これはまたの機会に書くかどうか、、ですが、とにかくスピリチュアルに対する依存、結局どんな素晴らしい存在であれ、それもまた自分以外の何か、自分の外に幸せのようなものを求めることとおんなじなんですよね
(もちろん、マスターからエネルギーをもらったりガイダンスを受けたりすることが悪いわけではなく、すべてはパラドックス。そして自分に対する信頼についてのこと)。


どちらにしても、自分自身のパワーを信じること、もっともっと自分というもののすごさに気づくことを、僭越ながら不肖自分、呼吸や瞑想を通して伝えていけたらなと思っています。


まあ、自分がいうまでもなく、呼吸や瞑想のここちよさを知ったら、気づいてしまいますよね^^


というわけで、Aさん、ありがとうございました!

最後のシェアリングは、そのときに出てくる自分の言葉を楽しみに、瞑想に集中してくださいませね^^


それではまた。

第3回のご感想は、また後日に。

ありがとうございました!