骨折とSTAY HOMEが自分にもたらしたもの。



骨折から3ヶ月経ち、先週から両足で歩く練習をはじめています。

まだ骨が完全にくっついていないので行動は制限されているものの、だいぶ楽になっています。


骨折直後からセッションのお申し込みもしばらくぴたりと止まり、安心して療養に専念できたし、回復につれてまた少しずつ増えてきて、うまくできてるなーと思ったり。


ほんとはGWあたりにオンラインでワークショップをやろうかと思っていたのですが、いろいろ組み立てていく間に、別の視点や時空間で自分をみていくということが起こり、いまは外に向けるより自分、と、ワークショップについてはとりあえず見送り。

そのおかげで、どんどんシンプルになって思考も減ってきたし、するとブログなどを書くことからまた遠ざかっていきますね^^


まあ、毎日自分を見続けていたわけではなく、ネットスーパーでパンが買えない&イーストフードやベーキングパウダーも買えなかったため天然酵母づくりにチャレンジしたり、アイスクリームをつくってみたり、映画もいろいろ観たし、本も読んだし、英語の勉強やオンラインお茶会したりもしてました。



今回の骨折は、正直、自分にとってほんとにいいことしかなくて、とかいうと強がってるとか、ポジティブシンキングとか思われる方もいるかもですが、

もちろんいろいろたいへんだったです、片足だけじゃなくからだ全体、臓器や代謝にまで影響するなんて思いも寄らなかったし、何より松葉杖での移動があんなにたいへんなどとは想像もできなかった。

でも、それも含めて、自分にとってはいい時間をもらったなとしか言いようがないんですよね、ほんとに。


たとえば、骨折していなければ翌週に、引越し先の下見に行く予定で、3月中にはいまの住まいを引き払う予定でした。

実は大家さんとずっとうまくいっていなくて、言い争いがあったりもしたし、なんとかいい面を見ようとしてきたものの、音の問題やらジオパシックやらで体調に影響が出たりという状態が、結構前から続いていたんです。

このことをテーマにいろいろなセッションを受けたりもしたんですけど、結局解決にはならず、で、こんな家、おさらばだ! と思って出て行こうとしていたんですね。


でも、この家自体がいろいろなエネルギーを持っているにしろ、それを選んだのは自分だし、そもそも家というもの自体に対する自分の思いやストーリーは、ここを越すことでは解決できないことも理解していました。

それでも、いろいろ気づいたこともあったし、とにかく出てから残りはやるよ! と、ある意味強硬手段的に引っ越すつもりだったんです。


けれど、骨折によって完全にそれは絶たれ、ある友人からは「足だけに足止めだね(笑)」と言われましたがまさにその通りで(笑)、ではこの骨折はわたしにとってなんなのか、自分の何がこれを体験させるに至ったのかをみていきました。


で、長くなるので割愛しますけど、いろいろあった中で、最終的には「こんな家、出ていってやるぜ!」から、大家さんに「ほんとにありがとうございました」と言って出て行こうという方向に、意識が変わったんですね。

正直これは自分でも驚いたし、ものすごく大きなことでした。

ほんと、あのまま引っ越してしまわなくてよかったです。


そのほか、些細なことでは友人がマスクを送ってくれたり、大家さんの奥さんが突然持ってきてくださったり(うちだけだったみたいです)、トイレットペーパー、ティッシュも友人や大家さんの会社の事務の方が持ってきてくださったり(これもうちだけ)、

これはまだなかなか手に入らなかった時期のことですが、結局自分で買ったり直接頼んだりすることもなくすべて届くなど、全体性を感じる経験がいくつもありました。

もともと、自分はこういうことが起こりやすいとはいえ、ほんとに自ら動かなくても必要なものは得られるのだな、というか、これはいつでも誰にでも起こっていることで、いいことも悪いことも全部そうだし、あらためて世界が自分のあらわれであることを自覚するばかり。

今年についてのリーディングで、自分がどう在りたいか、これ以外のメッセージはほんとにないなという感じでしたけど、それをますます感じます。


日々、ほんとにいろいろなことが起こっていますけど、起こるべきことが起こってるよな、と思いますよね。

あらゆるものには相反する二つの側面があり、結局のところどちらに、ではなく、何にフォーカスするか、自分はどう在りたいのか。

今後もいろいろいろいろあると思いますが、外の何か、誰かの言葉にただついていくのではなくて、自分はほんとうは何を感じているのか、そのことについてどう在りたいのか、その都度立ち止まって自分の声を聞いていくことだと思います。


白とか黒とか闇とか光とかどっちが善で正でどっちが悪で偽かなど、判断の時代はほんとに終わりですね。

もう、そうした“ストーリー”から出る時期に、完全に入っていると感じます。