全体性と想像力。



自分の周りはほぼ外出自粛体制になり、実際に会っているのは、ゴミ出しと郵便物を届けてもらっている大家さんの会社の事務の方と、病院で出会うひと、タクシーの運転手の方、宅配の方のみとなり、友人知人とも完全にオンライン交流となりましたが、
先日、毎日仕事場に行っているひととのやりとりで、おたがいの意識にズレが出てきているのを実感して、そんなものなのか、、と多少ショックを受けたりしています。

外出自粛組は、たとえばきみに会いたいけど大切にしたいからいまは我慢、みたいな歌がリリースされるくらい生活のシフト、意識の方向性がもうそっちに行っているひとがほとんどなんだと思うんですよね。

実際、家でできることや、この状況で何をしていこうか、みたいな話をしているし。


でも、毎日いままでと同じく電車に乗って会社に行って、というひとたちはそういうメンタリティではないのか? と、都内自粛要請(?)が出てからまだひと月も経っていないのに、そんなにちがいが出てくるものなのか、と。


もちろん、すべてのひとがそうなわけではないし、自粛組の中でも、三密ではないからと、山や海へ出かけているひともいるとのことだし、やはりそれぞれなのですが、自分の身近でも結構共鳴できなくなっているひとが出てくると、またいろいろ思うことが出てきます。

方向性が全然ちがう意識のひともいるもんね、、。


で、今日は、ご存知の方もいるかもですが、
トラック運転手の方がガソリンスタンドのシャワーを利用できなくなりつつあり、このままでは流通に影響が出てくる可能性があるという話をシェアします。

https://news.infoseek.co.jp/article/gadget_2499132/


トラックの運転手の方の生活について考えてみたことがなかったので、そんなことになっているのかと驚いたのですが、

真っ先に思ったのは、おなじみのバタフライ・エフェクトと、全体性についてでした。


つまり、ガソリンスタンドがシャワーの利用を中止すると(北京の蝶の羽ばたきが)、さっき食べたりんごが食べられなくなるかもしれない(ニューヨークで嵐を起こす)という、かなり飛距離のある事象が展開するということですよね。


バタフライ・エフェクトではニューヨークで嵐かもしれないけど、わたしたちはりんごだけでなく水もお米もトマトもお味噌汁も、、って、もちろんこれは極論ですけど、ほんと、これぞまさしく全体性の極み、と思える話じゃないです??



以前、フラワーエッセンスの遠隔でのセッションで(いまはやっていませんが)、北海道にお住いの方に毎月ボトルを郵送していたのですが、郵便の基準が変わったか何かで、中身について詳細を聞かれたことがありました。

結局これはアロマオイルのようなオイルなのか、それとも化粧品のようなものなのか、みたいなカテゴリーのことで話が進まず、
ほかの係のひとに聞いてみましょうということで呼ばれていらした方が、たまたまエッセンスを使っている方で、処理をしてくださったんですけど、

もしかすると空輸の段階でストップがかかる可能性があるとのことで、これは賭けだな、みたいな気分になったんです。


で、結局無事届いたのですが、クライアントの方に、全体性のことについてお伝えしたくて、今回の発送でこんなことがありました、というメールを送ったんですね、するとその方から、わたしと郵便局の方たちがいろいろ苦心してくれたおかげで自分が受け取ることができた、というような返信をいただきました。


いやいやそれだけじゃないんだよと、それはプロセスの過程の1シーンなのであって、そのエッセンスを次の部署や飛行機、そこからまた郵便局、配達局、実際に配達してくださる方、というように、目に見えないところで何過程あるのかわからないわけですよ、何人の手がそれを運んだのか。

そして、そこにも何か物語があったかもしれない。


ひとつのものごとの全過程について把握せよとか意識したりしなければいけないなどと言ってるんじゃないですよ!

でも、ちょっと想像してみると、自分のところへやってくる何か、そこには結構壮大な展開が繰り広げられているかもしれない、この先一生出会うこともないかもしれない、出会ってもわからない誰かの手と手がつながって来たんだよね、って、

プリンとか食べながらぼんやり思いをめぐらせてみるのもいいんじゃないかなと思いました(わたしはもう何ヶ月もプリン食べてませんが)。



いま、みんながなかなかフィジカルにつながれない状況の中で、新しいコミュニケーションや生活を探っているわけじゃないですか。

そして、ちょっとずつ声を上げていくことでいろいろな変化が起こってる。


これは、この肉体やマインドを持ちながらの、無意識無自覚なワンネスへの動きなんじゃないかとわたしは思っています。



というわけで、また。

この生活の中で、新しい何かが見つかる1週間でありますように☆