日常のシフト



先日、友人に誘われて、西野達さんの個展『やめられない習慣の本当の理由とその対処法』と、『大阪万博50周年記念博覧会』に行ってきました。

西野達さんは、以前銀座エルメスでの展示を観たことがあるだけで、くわしいわけでは全然なく、時折何かの記事で見かけたりはしていたものの、個展としてきちんと観るのは今回がはじめて。

で、完全にヤラレました。。


個展もさることながら、すごかったのは万博50周年記念の「日常のトンネル」という作品。




ただバスとトラックが並んでいるだけで、正直、これが展示作品とはまず思わず、周囲をうろうろしていると、入口らしき玄関が。



あとから知ったのですが、本当は係のひとがいて、作品の簡単な説明や誘導などしてくれるはずが誰もいず、わたしたちは「ここから入るんだよね?」「いいんだよね?」と、しばしためらいつつ、




「 ポストにNISHINOって書いてあるからいいんだよここで」

と、おそるおそる中へ。


ここから先については、実際に体験してほしいのですが、24日で終わってしまう&検索すると画像が出てもくるので、とりあえず一部を。





シフトって、別に目に見えない世界のことではないんですよね、高次も次元もわからなくてもいい、逆にいえばそっちのほうがわかりやすいんですよ、合ってるにしろそうでないにしろ、こんな感じ、というイメージがあらかじめあるから。


でも、こうした目に見える物理的な場所、空間、あたりまえの日常の連続、というかあたりまえに続いている日常って、本当に目に見えるとおりなのか、本当にあたりまえに存在するものなのか。


あまり言葉にするとどんどん陳腐になって、本質みたいなものから離れていってしまうけれども、こうした目に見え、手に触れられるものからあたりまえを抜き出してみることで、この世界、宇宙というもののひとつのあらわれを垣間見ることができるんだと思うんですよね。


遺跡とかパワースポットみたいな場所もいいですが、あらかじめ知識や認識、イメージのあるものよりも、こうした日常の中の何かのほうがどきどきしてしまうんです、もちろん、くらべるものではないけれども、なんというか、“あたりまえ” からの跳躍ってすごいから。


結局のところ、先日の変容にも関連しますけど、人間であるわたしたちにとっては脳のシフトというものが、ある段階においてのすべてと言ってもいいと思うんです。

時間、空間認識、身体感覚も含めて、これまでのあたりまえががらりと変質、シフトすること、本当は具体的物理的に何かが変わったわけではないんですよね、何ひとつ変わらないのに変質するというパラドックス。。


あーめっちゃ面白いなあ最高です!!

昨年からマスターや天使といった存在を介さず、時空間、構造といったもののほうに直接アクセスを試みているせいか、この展示がそうしたことの、ある意味物理的な仮想体験とでもいうような、ひとつのモデルな気がしてめちゃめちゃ興奮しました。


宇宙とかスピリチュアルなことに興味がある方は、むしろ物理的、肉体的なことをよくみてみるといいと思うんです。

人間、ほんとすごいと思うし、日常、すごいヤバイと思うから。



目の前の何かをどう捉えるか、どうみるのか。

世界って、そのたびに変質するんですよね。


というか、そのようにつくられていく。