首里城の聖域。



斎場御嶽に行った翌日、流れで久高島に行ってみようかと思ったのですが、時間的に早起きをしなくてはならず、けれども連日歩き過ぎで筋肉痛&からだはぐったり。。


思いつきで行くのもいいかもだけど、もう少し準備が必要な気もして、とりあえず起きられたら行ってみようと目覚ましもあえてかけないまま就寝、結局起きたのは9時を過ぎていて、いまから行っても2時間居られるかどうかだったため、じゃあどこへ行こうかな、と考えて、電車で20分くらいだしせっかくなので首里城へ行くことに。


燃えてしまったところをみるのもどうなのだろうか、と思っていたので、今回は特に予定には入れていなかったこともあり、首里城自体の情報は琉球王朝のお城、くらいしか知らず、よくわからないまま入城。

たとえばエッフェル塔に行ったのはたぶんパリ4回目くらいのとき、というくらいに、普段それほど観光地を回るタイプではないので、正直、自分なんでここに来たのかなーと思いながら、とりあえず順路にしたがってめぐって行ったのでした。



門の細工が素敵。日本の神社仏閣では龍や動物などの造形で、素晴らしいものがたくさんありますが、ここは文様? なんですね、どんな意味があるんだろう。




全体的に中国っぽい感じがあるなと思っていたら、中国の建築様式との融合とのこと。

やはり沖縄ってあらゆる意味で独特な場所なんですね。少し歴史を調べてみようという気になりました。




何箇所かある眺望。なんというか、沖縄のすべてを見渡す感じ、王様の視点とはどういうものなのだろうなあ、などと考えたり。


そうそう、アクセスしたりするとこうしたイマジネーションが消されてしまうんですよね、それがちょっと無粋というか、つまらないというのもあるなと思いました。


クリエイティビティって、こういうふとした思いつきや感覚が起点となったりするじゃないですか、で、その上でアクセスしたり史実を調べたりすると共通点があったりしてそういうのが楽しかったり、もちろん合ってなくても全然いい、そしたらまたイマジネーションがひろがっていったりするし。


もちろん、アクセスすることがよくないって言ってるんじゃないですよ、したかったらすればいいんだから。なんらかの理由でできなかったりさせてもらえないこともあるけれど、どっちにしても自由じゃないですか。


この旅で思ったこと、気づいた自分にとって大事なことはめちゃめちゃありますが、結局のところ、すべて両極でひとつなんです。

で、そのどっちかに過剰に寄ったり、それがジャッジとなれば正誤善悪となってややこしくなる。しかも往往にしてそこに気づかないのよね。。



とか考えながら、あるエリアに入ったあたりからなんとなく感覚が変わって、なんだろうと思いながらあちこち歩いてみると、明らかに昔ここで神事的なことをやっていたな、という場所が。


そうなんですよ、特にアクセスしなくても感覚に開いているとなんか気づく、これ絶対みんなそうだから、頭をつかわずにやってみるといいです。

たとえば、おや? カレーの匂いがするぞ、誰か近くで食べてるもしくは食べてたな、というのとおんなじなのよ! 感覚だから。


で、さらに歩いていると、どうしてもさわりたくなってしまったガジュマルの木。



ガジュマルはほかにもたくさんあったんですけど、これはどうも違って、係員のひとがいたのでハグできなかったけど、ああ抱きつきたいいろいろ話したい、、と、どうしても離れることができず、あやしまれないように、この木いいっすよねー感をアピールしながらとりあえず撮影。




どのくらいいたのかわからないんですけど、係員のひとが完全にこっちを見ていたのでそろそろ次の場所に、と移動すると、さっきのエリアについての案内板が。



やっぱりそうなのかーと、再びそのエリアに戻り、今度は視点を変えて歩いてみました。

そしてもう一度あのガジュマルのところへ行って、やっぱりこの木最高っすよねーという感じをアピールしながら再度撮影。

PCでみるまで気づかなかったのですが、もう完全に神々の祝福という感じ。

下のほうには虹が出ていました。



すごいですよねーほんと面白い。


そして首里城もまた、たびたび訪れたい場所になりました。