リーディング&チャネリングクラスのご感想・1



先日、個人セッションについての諸々を書きましたが、体調についてご心配くださり、すみません&ありがとうございます。

体調不良についてはもうここ何年も続いていて、動けないときはほんとうに動けなくなるけれど、動けるときは完全に健康ではないながらも自転車にも乗るしたくさん歩くし、歌ったり踊ったりもします。

今回については、とにかくからだ以外の側面、思考や感情、信念体系等々にフォーカスしたら、せっかく調整していただいて得たひさかたぶりのすっきり感も元通り、、みたいな感じになったことを機に、しばらく集中して自分のことをみたい、ということ、セッションのお休みについては、いまの状態ではベストなサポートができないから、というシンプルな理由です。

なので、わたしへのご心配よりも、ご自分のことをみてあげてくださいませ!


さて、先月のリーディング&チャネリングクラスについての続きです。

いただいたご感想をご紹介しながら、いろいろ書いてみたいと思います。


まず、Mさんのご感想です。


先日のクラス、迷われたそうですが、無事私たちのために開催してくださりありがとうございました!笑

どんなことが起きるのか分からない中で、クラスを見守っているのはなかなか簡単なことではないのだろうなあと想像しています。

私は余韻に浸る間もなく、相変わらずの余裕がない日常生活に舞い戻ってしまいましたが、1週間経ってみて、自分が対話できる世界が急に拡がったことをとても嬉しく感じています!

ハートを向ければ聴こえてきたり、見えてくる世界があって、私たちはそういったものの力に支えられて生きていることを体感できた3日間でしたし、これまでもこれからも見守っていただけているんだなあと感謝の気持ちでいっぱいです。


クラスではペアセッションが特に勉強になりました。そのおかげで、クラスの人たちを知ることができて、自分自身も見ることになりました。特に最後のペアセッションで自分の中に凍らせている悲しみに向き合うこと、というメッセージをもらったのはとても大きなことでした。自分やガイドさん、アセンデッド マスター達との対話を続けていきたいと思います。しかしアセンデッド マスター達は本当にすごい存在ですね。


ヒーリングを習っても、人にしてみたいと思ったことが全く無かった私ですが、チャネリングは楽しかったのでお友達にお願いしてさせてもらおうと思っています。そして、二日目の宿題で届いたメッセージ「夫にこのクラスについてシェアすること」というのはまだ出来ていませんが、様子をみて話してみたいと思っています。

私はよく「色々と背負い過ぎ」と言われますが、いまいち何を背負い過ぎているのかやっぱりよく分からないのですが、おろした後に分かるのですかね?!夫にシェアすることが、荷を降ろすきっかけになったら良いなあなんてちょっと期待しています。


最後にもしいつかチャネリングに特化したクラスをされるようでしたら、受けてみたいので良かったら検討されてみてください。

またお目に掛かれるのを楽しみにしています~

ありがとうございました!


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今回のクラスの開催を迷ったことについては先日書きましたが、蓋を開けてみるとテーマとなった「自分をみること」もさることながら、気づけば、実際の内容もわりと踏み込んだものとなっていたなと思いました。


Mさんについて印象的だったのは、存在とつながり、メッセージをきちんと受け取るまで、ずっと目を閉じて待っていたことです。

最初、できていないのかな? と思い様子を尋ねたところ、もう少しで終わります、とあせることなくおっしゃって、その後、ペアワークのお相手にしっかりとメッセージを伝えていてすごいなと思いました。

クラスやワークショップは緊張もするでしょうし、不安が出てきたり等々、落ち着いて実践することはなかなか難しいとも思うのですが、ご自分のペースを崩さずしっかり受け取ろうとする姿勢は、わたしも見習うべきところです。


Mさんは、クライアント役としてもいろいろ受け取られていたようでしたが、こうしたペアワークのときは、伝える側、受け取る側の両方を体験することでセッションの意味や目的、在り方を見つめるのにもいいんじゃないかと思います。

最終日の終わりには、実際のセッションのかたちになりつつあるペアもみられて、ベーシックからさらに進んだ内容になっていたなと感じました。


Mさんの宿題ほかその後がまた楽しみです。

ありがとうございました!



次はKさんのご感想です。


申し込む前から終わった後まで色々な自分の恐れや制限に気づくことができました。

どうやって感じるのかというのも相手としっかり実践したことがなかったので

こういう感覚なのかーというのがわかってきました。

告知を見たときからこれに参加するだろうということは感じていたのですが

勇気??を出して申し込むことができてよかったです。

クラス中のゆるっとした感じもよかったです。

とても大変だったのではないかと勝手に思ってしまったのですが、開催してくださって

ありがとうございました。


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前回もそうなのですが、今回のクラスも個性的な方が多く、というかどなたもキャラクターがかぶらないのがすごいなと思うのと同時に、情報や存在へのアクセスの仕方もまたそれぞれだったのが興味深かったです。


たとえば自分はちゃんとできていない、よくわからない、というのは、おそらく誰もが一度は感じるだろうと思われることですが、いやいやそれは思い込みかもよ? というひとつの典型が、Kさんのようなタイプだなと感じました。

というのも、ある方とのペアワークのときに、じっと目を閉じたまま黙っていたので、どんな感じ? と、様子を尋ねてみたところ、こんな感覚がある、こんな風景が見える、とおっしゃるので、それはどこの国かわかる? と聞いてみると「アメリカ」とか、それはいつ頃の時代? と聞けば「1769年」等と、間髪入れずに出てくるのです。いやいや全然受け取ってるじゃん! と。


Kさんにしてみれば、それがひとつのストーリー的な情報としてつながらない、何を意味するのかわからないからできていない、ということになるのだと思いますが、とりあえずそれでいいと思うんですよね。

そもそも、リーディングやチャネリングをする側は媒体なのであって、それぞれ分離した個の人間としては、その情報を知っているはずがないんです(集合意識のこと&自分も過去生などその情報に関わっていればまた別ですが)。

知っている(覚えている)としたらそれは受け取る側で、伝える側はみえてきたこと、聞こえてきたもの、受け取った情報のディテールや断片を伝えることで、逆に受け取る側が気づいたり反応したりしてわかってくることがたくさんあるんですね。

そこでおたがいの情報を合せていくことによって、ひとつのストーリーが立ち上がってきたりする。それもまたセッションの醍醐味なんじゃないかと思うんです。


わからないことはわからない、でいいじゃないですか。だってわからないんだから。

それより、媒体としてではなく、分離した個としてのマインドで、無理からに断片をつなげて意味をもたせてしまうとしたら、それはもうメッセージでも情報でもないですよね。

そっちのほうがよっぽどおそろしいし、そもそも、すべてのことがわかるわけではないんです。

受け取る側が少なくともいま知る必要がなかったり、媒体自身がアクセスできる領域、できない領域、得意/不得意があるのはもちろんのこと、なんらかの理由でアクセスできない/したくないこともあるだろうし、これはいま考察中なのですが、決定的な階層のちがい、みたいなものがたぶんある。


どちらにしても、その場で起こることが起こる、ただそれだけであって、それはどちらがどうという問題でもなく、そういった意味でいえばそうだからこそのそれなのであり、“そこに発生した事象”、それ以上の何ものでもないんだと思います。


と、話がそれましたが、とりあえず感じたこと、みえてきたもの、そこに集まってきたあれこれを、とにかく表に出していってみてください。

練習として、自分のことをみてみるといいですね、で、ノートに脈絡なくただ書き出してみる。それを上から眺めてみると、何かが立ち上がってくるかもしれない、そうなったら儲けもの! くらいの感じで!


というわけで、Kさん、ありがとうございました。


長くなってきたので、続きはまた後日に。